まずいご飯。
「ありがとう」たった5文字。されど5文字。
娘の私が言うのはきっと おかしいのですが、
私の両親はとても素直じゃない。
真っ赤なトマトを目の前に出されたとしても、
「これは青だ」と言い張ってしまうほど曲がった性格。(色盲ではない)
そんな家庭で育った私は、当たり前のことばを当たり前に使うことが難しい。
おはよう、おやすみ、ありがとう、ごめんね。
こんな何気ない一言たちが、
私にとっては顔から火が、、、いや、炎が出るほど恥ずかしい。
友だちに素直になれても、なぜか家族には素直になれない。
朝起きたら、おはようの代わりに出てくる言葉は
「なんでもっと寝かせてくれないの」
寝る前には、おやすみの代わりに
「明日は七時に絶対起こして」
ありがとうの代わりに出てくる言葉は
「助かった」
ごめんねの代わりの言葉なんて使った記憶はない。
ケンカなんて「ごめんね」で終わらせなくても、
家族とのケンカでこころが傷付いても、
身体の擦り傷と一緒で、時間が経てば自然となおるもの。
おはよう おやすみ ありがとう ごめんね
を両親に言うには、恥ずかしくて心が追いつかない。
一昨年、私は父と衝突をした。
友人の誘いでイベントの司会をすることになった私。
司会に選ばれたのは嬉しいな、見に来て欲しいな、そんな思いで
「イベントの司会をすることになったんだ」
と父に伝えた。
「バイトしてお金を稼いだ方がためになる」
父のその一言で私との会話は終わった。
「父さんってすごく冷たい人なんだ。」
悔しさなのか、虚しさなのか、寂しさなのか、
なんなのかわからない難しい感情に胸が締め付けられた。
その頃からだったかなぁ。
バイト漬けの毎日で、
口癖が「家に帰りたくないなぁ」
かなり遅い反抗期を迎えたのは、
その頃だったんじゃないかなぁ。
反抗期を迎えたからなのか、味覚が大人になったからなのか、
ここ最近、母の作る「じゅうしぃ」が美味しくない。
私の母のじゅうしぃは世界一美味しいで有名なはずなのに
最近は、
なんだか、やっぱり、さっぱり、ほんとに美味しくない。
半炊きで芯が残っていたり、べちゃべちゃなお米だったり、味が薄かったり。
「今回のも失敗。母さん、美味しくないよ」
バイト漬けの日々を送る私は、家族と会話する時間なんて一日の中でほんの少ししかない。
なのに、私の口からは 不細工な言葉しか出てこなかった。
美味しくないごはんを作る私の母は、重度の糖尿病だ。
手先の感覚もうっすらとしかなく、目も見えづらくなってきている。
味覚もだいぶ鈍ってきたようだ。
日常の動作でさえ、辛くてきつくて苦しいはずの母は、いつも家族のために台所に立っていた。
料理をしながら母は、「見えないなぁ、わかんないなぁ」と言っていた。
東京に出てきて母の日が過ぎた今、色々と考える。
離れてやっと、後悔して、見えてきたものがある。
自炊をすることが増えたが、私の料理は母の料理よりも美味しくない。
どんなに味が整っていても、どんなに盛り付けがうまくできても、
母の手料理にはやっぱり勝てない。
料理の美味しい、不味いではなくて
もっと大事なところに気付くべきだった。
美味しく料理を作るための手先の感覚や、味覚、
色合いを見るための視力までも弱ってきている母。
そんな母がつくる手料理は確かに美味しくはなかったが、人一倍の優しさとぬくもりがこもっていた。
あのお米の芯が残った、味の薄いじゅうしぃ以上の美味しいものに、東京では出会っていない。
母さんの美味しくない手料理が食べたくなるよ。
私の両親はとても素直じゃない。
でも、素直じゃないのは両親だけではないようだ。
その遺伝子はしっかりと引き継がれているらしい。
母さんのことを思い出しながら、えいかは毎日頑張ろうって思えるよ。
助けられてるよ。お母さん。
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